雑記

2012.10.31

どうも今年は・・・

訃報が多い年になってしまって・・・。エントリーもこういうパターンが多くて、ごめんね。

これからはこんな「背負うもの」のほうが多くなるのは必定だけど、今年はほんと、僕の精神が試されてるようなことばかりが記憶に残る。今年の精神的収支決算はまだ二ヶ月残しながらも早々と決定したように、いや先週も思ったばかりなんだけど、まだあるのか、って感じ。

今度は、娘2から下が全員お世話になってた幼稚園の園長先生。確かに、すでにかなりのご高齢で、息子2が年長さんに上がる頃には、ほとんど園には出て来られず、代理の方がイベントは取り仕切られていた。「大往生」と表現もできるとはいえ、やはり子どもたちも辛そうだし、一言で括るなど。

園自体も、娘1の頃は園児が数十名単位で通っていて、それなりに賑やかだったんだけど、息子1の卒園のときには、卒園児はわずか3名となっていたし、去年PTA会長やってたので、今年の運動会には呼ばれていたのだけど、総数で10名ほどということになってしまっていて、寂しい感じがしたのだけど。中心にいた方が亡くなったわけで、今後どうなるのか、僕にはわからない。

小学校自体、統合やら何やらで、市の中心からは子供がどんどん減っていることが痛感させられるのだけど、今はそっちの話じゃなかった。結局グダグダなのな。

長い間、色々と、子どもたちを見て頂き、本当にお世話になりました。ご冥福をお祈り申し上げます。

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2012.06.07

ココログに結構大規模な障害

今朝、Twitterでぼそぼそっとつぶやいたけど、ココログ、ココログ広場、ココログ管理画面、ブログの表示ができない状況にあった。ブラウザ変えたり、いろいろ見てたんだけど、やっぱり障害が起こってたみたいだ。

原因はデータセンターの電源トラブルみたい。メンテの表示とかもなく、まるで繋げなかったので、普通の事態じゃなさそうだと思ってたけど、大変でしたね。

取り敢えず、通常に戻ったようだし、データが飛んだりとかもなさそうなので、このまま行きますけど、最近バックアップとってないので、今週末くらいに、個人的に大掛かりに作業をすることに決め・・・って、ああっ、また描くつもりが、なんでこういろいろと事件が重なるんだ~!

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2012.05.06

なんでそうなったのか?

いつもどおり、子供たちを留守番にして、買い物。もう子供たちも、上は高校生、中学生だし、あまり買い物について来たがるような年でもない。小さい子供たちの面倒もちゃんと見てくれる。ということで安心していたんだ。

しかし、ちょうど帰ってきて、車を駐車場に入れた時に息子1から電話が入った。それには出られなかったんだけど、玄関を入ったら、既に事件は起きていたんだ。

娘2は、結構家でも単独で行動することが多く、その際に、兄のガジェットを触ってることも多い。やめなさい、とはいつも言ってるよ。で、今回もそういうことだったらしいんだ。

で、兄貴が娘2を問い詰めてる間にちょっとヒートアップしたらしい。場所が窓際だったのも、災いした。僕らが帰った時に見たのは、割れたガラス窓、そして怪我を抑える二人、流血。

土日でそんな事故が起きても、普通は医者休みじゃん。当然救急車の登場となり、母親を付き添いに、走り去っていった。

いや、こっちは呆然としているヒマなんて。破れたガラス窓をダンボールで塞ぎ、室内側に落ちた破片を掃除機で吸引、血の跡を拭きとって・・・。そうこうしてるうちに連絡があって、彼らを迎えに行くことに。

全治10日ってことなので、まぁ大丈夫なんだけど、それでもね、あまり目を離すのも良くないなぁ・・・と。色々反省することになりました。

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2012.04.13

伯父の葬儀帰り

古河まで車で日帰りは、去年もやったけど、流石にきついかなぁ。
精神的にも、結構参ってます。

それよりも、これで父親側の兄弟姉妹はいなくなって、父一人になってしまい、寂しそうにしてたのが、なんかもう・・・。

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2012.03.11

1年・・・か

何度も書くようだけど、当日は、僕は家にいた。停電も起きなかった。

だから、テレビがずっと点いていて、その後の津波の一部始終を映像から目を離すことが出来なかった。呆然と眺めるしか僕には出来なかった。その、自分の無力感を一体何に例えたらいいだろう。

それから一年。できることはやったつもりだけど、それで足りてるかっていうと、そこは疑問。だけどできることしかできないわけで。

取り敢えず、自分の家族は、最小限の被害で済んだ。もちろん茨城の実家はいろいろとあったわけだけど。今でも全然収まっていないと感じるけど。

とにもかくにも、1年。僕の周りは普通に過ごしているけど、それでも傷は残ってる。

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2012.02.29

猫が好き♪氏の訃報に接して

今日は、ほんとはいろいろあるんだよ?

でも、他のネタは取り敢えず封印。

時は1991年。僕がNIFTY-Serveに船出をして、最初にたどり着いた場所は、「BFREE」と言う名の、フリートークスタイルの掲示板だった。そこは、「自由」という言葉と「勝手」という言葉の意味を履き違えた人たちが跋扈する場所で、あまりのカオスさにNIFTYが管理を諦め、NIFTYのトップメニューに出現する掲示板としては、唯一「閉鎖」という措置を受けた場所でもある。今でもそういう場所はそこここに存在するし、「炎上」という名で突発的に現れたりもする。ある意味時代の最先端(^^ゞ。でも、実のところ、当時会員数わずか100万人程度のところの、さらに一部分にしか過ぎない場所のカオスなんて、今のカオスに比べたら、かわいいもんだ、そう思う。

そんな中に、そういう連中を相手にして、個別に激戦を繰り広げる人がいた。それが「猫が好き♪」と名乗る彼との出会い。当時は、そこで起こるバトル、喧嘩、布教活動(^^ゞ、の殆どに彼は出動していて、そういうのを見ながら、そして関わりながら、僕、刹那由他というネットワーカーは育った。その当時から末尾のアレンジ以外に僕のハンドルは変わっていない。ってか、勝手に変えると怒られたんだよね、当時は(^^ゞ。結局、行動の場所がインターネットの時代になっても、変えずに来てるけど。

僕の活動初期には、彼の戦いのあまりの多さ、激しさに嫌気をさして、ちょっかいをかけてみた時期もある。わざわざ首突っ込まずにほっとけばいいじゃん、と。その時の回答は「それでここに集う人たちが毒されていくのを見過ごすことはできない」か何かだったかな?彼のそのモチベーションは、必ずしも正義感だけではなかろうが、ま、確かに見ていて、人を騙すような書き込みもたまにあったから、ほっといていいもんばかりではなかった。

今にして思うに、僕の当時のBFREEでの活動は・・・今よりももっとふわついてた。もっと乱雑だったし、もっと私小説的だったかも。掲示板を開くとまずはタイトルの羅列だったので、タイトル勝負だったのも当時の記憶。このブログのタイトル「からふるなゆうべ」にしても、元をたどれば、当時開設していたNIFTY内の個人的なコミュニケーションサービス「パティオ」で使っていたタイトルの一つだ。当時から引っ張っているものは、振り返ってみれば結構存在する。

閑話休題、とにもかくにも、何度かそんなことを繰り返してみてわかったのは、彼は、筋を通せばわかる人だった、ってことかな。もちろん、自分の主義主張はしっかりしていて、その行動理念には偏りはあるものの、偏りのない人なんてのはいないわけで。そこをわきまえてさえいれば、それほど衝突することはないし、仮に衝突しても落とし所はすぐに設定できる。そういう意味では自分を俯瞰できてた人だったようにも思うし、そういう意味では「安心して」議論をふっかけられた。

・・・な~んて感想を彼に対して持ってる人は、もちろん僕だけじゃないと思うけど、それにしても実は案外少ないのかも。あの場所で、自分に固執して彼に論破される、もしくは平行線を辿る人達も多かった。議論に勝つための詭弁を弄する人たちや、自分の考えと相容れない思想の持ち主に対しては、彼は容赦なかったからね。彼の言う「相手の議論の構成、構造を撃て」は、ネット内でのバトル時のひとつの戦法として、僕の中にも育った。僕自身は別に彼のシンパってわけでもないが、これまた当時の彼の言葉を借りれば「緩やかな連帯」ってものの一部にはなってたかも。僕自身まだ血の気が多かった頃のこと(^^ゞ。

そんな折、彼から環境フォーラムFENVの前身となるFBTへの招待状が届いたのは、1991年の秋口のこと。「は?なに?」と思いつつ、そこに行ってみたのが、今の僕の家庭の原点になってるというのは、知る人ぞ知るだし、知ってる人だけ知っていればよろしいこと。FBTでは、主に賑やかし担当として、僕は存在した。彼には「極端な猫舌」というネタも(そう、「も」だ。彼にまつわるネタは他にもいくつかある)あって、そのネタでFBTのフリートーク掲示板を引っ掻き回していたのが僕だったってわけさ。猫舌発見架空アイテム「舐め熱物」はこうして生まれた(おい)。

その後、実際にお会いすることもあったが、ファミレスで出てきたホットコーヒーに、いきなり氷水を突っ込み、ぬるくなる代わりにうすうすになったコーヒーを飲んでいたことを思い出す。「うわ、自分でも言ってたけどほんとだったんだ!」と。

そんな中で、当時の僕は、性格的にはもっととんがっていて、FENVでも「『環境保護』なんて言い草は、人間の思い上がりが吐かせる言葉だ」とか、面と向かっても平気で言っちゃうような人間だったので(その行動を表す言葉として、それは間違っていると、今もそう思ってるが)、FENVの中では異端だったように思うけど。そんな人間もちゃんと扱ってくれたわけで、そういう点では感謝してる部分も多い。なんだかんだ言って、僕自身は、パソコン通信時代からアクティブに書き込む方だったので、そういう意味では繋がっておいて損はない、程度のもんだったんでは。主義主張はだいぶ違っていたしね。

その「違い」も原因だったのだろう、NIFTYがなくなるまでは、FENV、FBIRDでそれなりにつながりはあったものの、NIFTY終了後は疎遠になってしまっていてね・・・。まさかねぇ。

当時からの友人のブログで一報を見てから、ググってみたところ出てきた、大石さんという方のブログ「代替空港」のエントリーにて「食道癌」との病名が出てきた。なにそれ、またそんな「猫舌」にはこれほど似つかわしくない病名ってないような気が。まったく最後まで、そのネタを引っ張るハメになるとも思ってなかったし。享年53ってのも早すぎる。なんかこう、人の生き死にってあっけないなぁ・・・。

しかしまぁ、思い出してみるに、よくも悪くも「パソコン通信時代のネットワーク、特にNIFTY」を象徴するような人だったなぁ、と思う。決して今のネットではなく。

彼を中心に据えて僕のネットワーク歴20年を振り返った時、こんな感じでまとめると、いいのかな・・・?

なんとも早いような気はやっぱりするんだけど。ご冥福をお祈り致します。

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2012.01.18

お詫びと修正

最近、ここの表示にやたら時間がかかるなぁ、と思っていたのだが。どうやらしばらく前から、左側に置いてあった猫の肉球のブログパーツが終了してたようで、それを探しに行ってることが判明。

いや、判明したのは2~3日前だったんだけど、気がついた時にやらないと、こういうのはダメで、「あとで」なんて思ったら、そのまますっかり忘れてるから、始末が悪い。

と、いうわけで、やっと本日削除の運びと。皆さんの貴重な時間をそんなことに潰してしまい、申し訳ありませんでした。

以後気をつけます。

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2009.06.08

2009年F-1トルコGP

・・・っていうより、今は来年の新規参戦を申し込んだチームが、ローラだったりマーチだったり、ブラバムだったりロータス(!)だったりって言う方が絶対興味あるし、わくわくするんですけど(^^ゞ。

取り敢えず、トルコ。予選ポールを強奪したのはセバスチャン・ヴェッテル。バトンよりも2周程度少なくしたガソリン分の軽さのおかげでポールを取った。

フロントローにバトン、セカンドローにはバリチェロとウェバー、その後に復活の予言通りにトヨタのトゥルーリ、そしてライコネン、マッサと続いた。

レースは、スタートでバリチェロがまさかの大失敗。ヴェッテルは一周目でミスが出てバトンにかわされ、この時点でほぼ勝負あった感じ。ヴェッテルはさらに3ストップとか、ここではあまり見られないピット戦略でチームメイトウェバーにまで先に行かれ3位。

バリチェロは、中段に落ち、そこからスピンや接触を連発して最終的にそれが原因と思われるリタイヤを喫する。これが、ブラウンGP初めてのリタイヤとなる。いいマシン乗ってるんだから、もう少し冷静に攻めてれば、と思うが、結果こうなったのは致し方なし。ただ、7戦やってこのマシンでここまで一度も勝てないっていうのは、流石にやばいかも。

一貴は、まぁまぁいいペースだったしこれなら今期ポイントと思ったんだが、2度目のピットでタイヤ交換に時間がかかりすぎて墜落。ダメなときは、何やっても逆回転。ピケJr.もそうだけど、今年は忍耐の年になってる。ロズベルグにも差を付けられてしまったので、後半戦何とかしていただきたいモノだ、と。

4位以降は4位トゥルーリ、5位ロズベルグ、6位マッサ、7位久々に名前を聞くクビサ、8位グロック。

しかし、今期のバトンは、完璧な戦いをしている。自分の走りは殆どミスらず、ライバルのミスは見逃さないでチャンスをきっちりものにする。もちろん、ブラウンのマシンが次元の違う速さを持っていることは確かだけど、それだけでは「勝てない」ことを、バリチェロが示している。とにもかくにも7戦6勝は記録に違いない。

次戦は21日、F-1GP発祥の地ながら、最後のGPとなりそうなシルバーストン。この地で、どんなレースが繰り広げられるのか・・・、今のブラウン&バトンは、どうにも手が付けられないような気もするけどね。

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2009.01.28

S2000生産中止に思う。

S2000が発売されたのは10年前。うん、そういう意味で行けば、普通は10年も売れば、コンセプトも、ジオメトリ的にも、枯れた技術を搭載した、時代遅れな車となる。S2000と言う車はホンダとしても特殊な車で、そのシャーシは専用だったが、それでもライバルであったはずのBMWのZシリーズを筆頭としたモデルたちが、順当にモデルチェンジを繰り返してきているところから比べると、ある意味の古臭さを感じずにはいられない。もちろん、デザインは独特だし、そこに古さを感じさせないのは凄いことだとは思うが。

とにもかくにも、そういう意味で、モデルチェンジが行えなければ、10年という区切りで生産を終了するという決定は、至って普通の考え方だ、と僕は思う。

世界経済や、ホンダの財務状況がこんな状況でさえなければ、後継の開発は水面下でされていたはずだし、モデルチェンジと言うことになったかも知れない。でも、そうはならなかった。

そこがアメリカ市場に大半を頼る、今のホンダの限界だった、ということもできる。

しかし、これで、ホンダのラインアップは、実用車軍団のラインアップにほぼ落とし込まれた。それは、バブルがはじけた後のラインアップにほぼイコールだ。

で、ホンダっていうとスポーツのイメージがあるけど、実はこの実用車が強い会社だったりする。初代シビックしかり、シティしかり、ステップワゴン、オデッセイ、そしてフィット・・・。こうしてみると、ホンダは意外と地に足がついた車をヒットさせてきていることがわかる。ここで、とがった車を敢えて切り落とし、ホンダは原点に戻ろうとしている。僕にはそのように感じられるのだ。

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2008.11.26

シュアラスター・ループその後

「入れたよ」とだけ書いて、結論を出さないのはやはり卑怯かな。

まぁ、結果としては、燃費に関しては予想通り。上がりも下がりもしない。僕の場合、燃費向上グッズでのプラシーボ効果というものはない。今まで何やっても変わらなかった燃費が、ものを追加しただけで変わるくらいなら苦労はしない、ってのが基本。

で、本命としてた、メカニカルノイズは低減したように思う。いつも聞いているカーステの音量が今までより絞れるようになった。音量を測ればそれほど違いがないような気もするが、耳障りな部分は消えた感じである。ただし。その効果は、恒久的なものではなく、オイルを交換して、ループの添加をやめると、元に戻る。コーティングじゃなくて、まさに添加剤以上の効果がないのだ。まぁ、内燃機関にフラーレンつっこんでも、最終的には燃えちゃうよなぁ(笑)。

結論としては、エンジンノイズに悩んでいる方は入れてみてもいい。燃費アップは期待してはならない。継続添加を求められることを織り込んで使用していただきたい。

カーステとかは、デバイスを換えれば変わるし、3ヶ月おきに3000円の投資がどうよ、って話ではある。それだけかけるのなら、1~2年分先行投資で、デバイスをしっかりさせる、もしくはデッドニングをきっちりやり込んだ方が満足度は高い。だが、最後の詰めの段階で、発生するノイズを抑えるっていうのは、課題にはなるので、そこを考えれば、使わざるを得ない方たちも現れることになるだろう。

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