車遍歴

2010.01.04

2002年型プレマシー編(1)

今回から、2002年型プレマシーの話をするわけだけど、この車は、いろいろな意味で、転機になった車だった。ひとつ、初めてのAT車、ひとつ、幾つかの、人との出会いを持ってきた、など。

先に、2代目のMPVについては、毛呂山の駐車場に入るには入ったが、切り返し切り返しで無理矢理入れる感じになりそうだった。で、2L前後の小さめのヤツということで、候補を挙げた。ストリーム、リバティ、プレマシー辺りがリストイン。もちろん、このクラスのミニバンはこの当時は激戦区。ディオンとか、ウィッシュとか、一応全メーカーがこのクラスの車を出していた。まぁ三菱、トヨタを買うつもりはなかったので、上記の3車種くらいが候補だったわけだ。

時期は2001年の暮れ。初代ストリームには乗ってみてる。運転した感じでは悪くなかった。その後に2代目ステップワゴンにも乗ってみてるのだが、ステップワゴンは、頭の上や後ろに巨大な空間があって、そのときに乗ってたデミオとの比較もあり、空間運んでる雰囲気がすごくあった。ステップワゴンクラスになると、やはり駐車場の兼ね合いがあったし、こっちは完全に冷やかし。ストリームに話を戻すと、前の席と2列目はまぁまぁだった。3列目は、流石に窮屈そうだった。それは結果論的には、プレマシーにも言えたことだけど。

プレマシーは、全長が短い分、ラゲッジスペースは気になった。乗ったときのフィールは、甲乙付けがたかったかな。ちょうどマイナーチェンジが入ったところで、ボディ剛性にてこ入れが入ったのも良かった。マイナーチェンジ前にも乗っているが、フィールは一変していた。

明けて2002年正月。マツダの初売りのチラシが入ってきていた。どうしようかなぁ、なんて思いつつ、正月にディーラーを巡るなゆ一家(笑)。普通、明けて三が日はディーラーなんて休みだろうなんて思っていたが、マツダはその年は二日から営業していたのだ。チラシにあったのは、プレマシーの限定車フィールドブレイク。1800ながら専用のエアロパーツとシート、ディスチャージヘッドランプ、大径フォグランプ、リアフォグ、アルミホイールなどが付き、もともとお買い得な車だった。実はMPVのときも、フィールドブレイクを勧められていたのだが、こちらはボディにエアロのデザインがちょっと合ってない感じがした。

で、初売りということで、デミオ時代からお世話になってた担当さんと、談判。他のディーラー(H)でデミオは下取り5万円と絶望的だったのが、やはりマツダだったので上乗せが来て、本体40万円引きと合わせて、なんとか予算に合う条件。正月だし、気合いだ〜、みたいな変なノリもあって購入したのだった。

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2009.12.26

98年型マツダデミオ編(3)

そうこうしているうちに娘1が生まれ、4人家族になった。4人家族になっても、ラゲッジルームは当時としては広めだったので、よほどの大旅行、もしくは泊まりがけのキャンプでも企まない限りは問題なかった。でも、その頃が一番キャンプに出掛けた時期だったんだよね(^^ゞ。テントも買って、いろいろ道具をそろえると、結局はミニマムユーティリティだったということになった。

その後、ヴィッツやキューブ、フィット、コルトなど、まさにこのクラスをターゲットにした車が次々に現れ、そこが市場の主戦場になったのだが、バカ売れしたヴィッツ、フィットはともかく、初代デミオは、モデル末期まで月間売り上げで20位以内からはずれることはなかった。結局6年間売ったんだけど、これと二代目MPV(今の車だなぁ(^^ゞ)とで、マツダは立ち直ったと言えるだろう。

デミオに乗ってた頃は、「アーシング」というライトチューニングが流行った頃でもある。かいつまんで言うと、車の中の電気を使う器具は、バッテリーから電力の供給を受けている。で、プラスの極から機器までは、電力線で結ばれているのだが、マイナス側は、大概車のボディに止めてある。で、ボディから細めの電線でバッテリーマイナス曲に繋がっていて、その電線の細さに目を付けた業者が、ここのマイナス側への電線を各機器へきっちり繋いで、電気抵抗を落としてやれば、機器の性能がしっかり出るので、パワーアップ、燃費低減に効果があると。

今考えると、だとしたら、ボディからバッテリーに返ってくるラインだけを太くしとけば結果は一緒でしょ、だってボディだけで言えば、巨大すぎて電気抵抗も何も、プラス側で規定されてるに間違いないわけで、つまり、本当に帰りのラインの抵抗を落としたければ、ボディからマイナス側に帰ってくるラインの抵抗さえ落とせば良いということになる。この帰りのラインはほんとに細いので、そこは強化してやってもいいかも。しかし、そこをインジェクションから、エンジン本体から、いろいろ線を引き回して、間抜けな感じ(笑)。いや、自分もやっちまったから言うんだけどね(爆)。

効果は・・・あったよ、たぶんプラシーボだけど(殴)。いや、「あった」って言っておかないと、空しすぎるじゃないですか(そんなところで意地張らなくても)。

細かい当て、ぶつけは結構あったな、その頃はそれなりに運転が乱雑だったのかも。でも、一番大きかったのは、某駐車場で、車止めの角にタイヤのサイドウォールを切り裂かれたことかな。友人たちと遊びに来てたので、携帯で連絡し、結構騒ぎが大きくなったけど、スペアのテンパータイヤに交換して乗り切るだけだから、事故自体としては全然大したことじゃない。タイヤもその後交換したけど、それだけ。

そんなデミオに乗っていたのは4年ほど。埼玉に居た時期だったし、いろいろな場所に出かけて歩いたのは変わりなく。高速道路でも結構安定して乗れたし、コーナーの連続でも飽きることもなかったし。サイズが小さかった分だけ、長距離運転での疲れはやや大きかったように思う。ロッキーからの乗り換えだから、そのときはそれでもラクだと思っていたのだけど、ギャランから思い起こせばだいぶ違うかも。だけど、ホントにそれを感じたのは次の車に乗り換えた後だった。

毛呂山に引っ越した後の車だったので、この辺からは、僕の古いサイトをひっくり返せばいろいろと言及してたんだけど、乗り換えたあと閉鎖しちゃったかな?記録として取っておいた方が良かったかも知れないな。ラゲッジは小さい小さいとは言われていたけど、ハッチの開口が大きかったし、テールゲートの下端も低かったので、ものの出し入れには苦労しなかったし、4人家族で、普通に2泊くらいの旅なら問題はなかった。キャンプ・・・は流石に山盛りだったけど(^^ゞ。後席がダブルフォールディングで、たたみ込んでしまえば自転車が二台は乗せられたので、積載量自体には、小規模の家族なら不満が出ることは少ないんじゃないかな?

タイヤは、最終的にはインチアップして14インチのアルミと、ダンロップのタイヤを履いていた。13インチだと165だけど14インチで175、これがGL-Xのサイズと一緒。つまりリアスポとスタビライザー以外はGL-Xと差がなくなった。スタビライザーの差はでかいだろって?まぁそうだけど(^^ゞ。13インチの鉄ホイールは、スタッドレス用になった。それまでは、チェーンでまかなってたわけだ。まぁ、デミオの時代にはスキーも自粛してたし、大雪もなかったので、問題はなかった。

娘2が生まれることを勘案して、2001年後半から、次の車の候補を探すことにした。最初に狙っていたのは二代目のMPV。家の駐車場が狭めだったので、入らないのでは、と言う意見はあった。ただ、僕があの家を最初に見に行ったとき、あの駐車場にはなんとシーマが止まっていたので、MPVくらいなら入るだろうという読みはあった。実際Sさんが売り込みに来たとき、見事に入れてくれたし(笑)。

でもま、何度か切り返すことにはなるだろうし、なかなか難しいなぁということと、値段の折り合いがもう一つだったので、その時は見送ることに。

そして、明けて2002年。出会いは急転直下にやってきた。

次回から次の車に行きますっ。

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2009.12.13

98年型マツダデミオ編(2)

納入された、アクエリアスブルーマイカのデミオは、やっぱり新車ってこともあって、気分良かったな。スクエアなボディは、見切りよかったし、この色が、朝晩、薄暗い雰囲気の中ではもう、えもいわれぬ雰囲気を醸し出していて、この色で良かった、そう思える色だった。

内装はメーター周りは黒、室内はベージュ系。モケット地のシートもベージュが基本で、青系の柄が入っていた。なかなかおしゃれ。シートバックが小振りで肩のホールドがない感じ。これはきっとフルフラットのための犠牲かな。ピローは大きかった。ちなみに、初代デミオの場合、これの形状で1500と1300の区別が付くようになっている。具体的にはドーナツ形状なのが1300だ。外見ではグレードを示すデカールなどなかったが、室内を見れば一目瞭然だし、1500なら、当時はGLとGL-Xだけ、その見分けはリアスポでばっちりついたので、デカールはDEMIOの車名だけだったけど、グレードデカールなんか、なんかなくたって平気さ。シンプルが一番、それが初代デミオ。

エンジンをかける。僕の所有した、最後のマニュアル車、という扱いになるんだろうか、それはわからない。2009年の現時点ではそうだけど。クラッチは軽く、シフトの入りはカチっとしている。昔、赤いファミリアに乗せてもらったときのあの感覚がよみがえるかのようで、好感触。1トンほぼジャストなボディに100馬力。気分はエクサの当時、な感覚。

165-70/13の鉄ホイールに履かれたタイヤは、やや興ざめな部分。1年半で車を新調したツケがこのあたりだが、それでも取り敢えず最初の段階では特に問題ではなかったな。ステアリングの色は安っぽいものの、そのタッチはダイレクトかつクイック。この辺、2代目のデミオではちょっとダルに感じた。3代目では、また印象が戻っている感じがする。

挙動としては、リアの反応がちょっと遅れ気味な気はするけど、スピードの乗せ方とブレーキング次第では、リアを出すことが出来ない訳ではないだろう。GL-Xになれば、スタビライザーが付く分だけリアの追従がもっとしっかりする代わりに、流すことは難しくなるはず。

エンジンの回りは軽い。しかしエクサのように、ターボが付いてなかったため、全域でトルクは細めで、パンチは不足している感じだ。NAエンジンは排気量がでかくならないと、全般的にそう言う印象になる。デミオに関しては、ぶん回す気でないと、速いという感じは出なかった。家族持ちの身では、その小ささの分だけ、かっ飛ばす気にはあまりならない。一人で乗ってるときに、気晴らしで回しきるときはある。1300〜1500なら、たまにフルスロットルくれてやっても、もてあます心配は少ない。

当時の時点でマニュアル車は、殆ど出ていなかった。そんな関係で、マニュアルを頼んだ時点で納車は一ヶ月以上待ちだったし、シフトノブの形状と仕上げ、ステアリングからの距離はかなりの不満を伴った。シフトノブは結構早い段階で替えてしまった。で、この際、シフトノブの下端をゴムブーツにはめ込むような構造になっていて、単純にシフトノブを外すと、シフトのポールとゴムブーツの間にみょーなスキマが生じる。これが結構イヤな感じがするのだが、このゴムブーツの穴にぴったりな部品がある。

デミオにも、シガーライターソケットが装備はされている。でも、ノーマルではシガーライターは付いてなくて、そこにキャップが付いている。このキャップが、ゴムブーツの穴にぴったりと収まるのだ。それさえわかれば、あとはシフトのポールのサイズに合わせて、キャップのトップに穴を開けてやるだけ。これで好きなシフトノブを付けてやることが出来る。ステアリングからの素早いアクセスを考えると、ストロークは長めになっても、少々長めのノブに交換することがお勧め。

それ以外に初期に手を入れた部分としては、ペダルはいつも通りにレッツォのものを。前にも書いたけど、ゴムのペダルは、雨の日の滑りが怖い。特にクラッチ。踏み込んだ瞬間につるっと行かれるのがほんとにイヤなので、ここだけはカスタマイズをすることにしている。トワイライト球をセットしたのはB310サニー以来、か。それ以外はしばらくノーマルで乗っていた。

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2009.11.22

98年型マツダデミオ編(1)

このデミオの話をしていく前に、最近になってこの初代デミオを入手した方がいらっしゃるので、先に僕が出せる情報を出しておいたほうがいいかも知れない。

以前なら、初代デミオの情報ならDEMITASSという優良サイトがあって、そこに行けば大概の情報にそこで、もしくはそこからたどり着くことができた。残念ながら、今はそこは閉鎖してしまっている。僕もこぢんまりながら持ってたデミオのサイトは閉鎖してしまっているから、人のことは全然言えないのだが(^^;)。

じゃあ、当時から続いている老舗のサイトがないかというと、そんなことはない。たとえばRobert DEMIOさん。この方は、1997年からずっと初代デミオのサイトを運営してらっしゃる。車のカスタマイズもされているので、ご参考までに。

さて、元に戻って、話を進めよう。ギャランやロッキーの構造的な故障という失敗で、僕らは中古車を買い続けることには猜疑的になっていた。新車を、と考えたときに、パイザーが頭にあったので、それと、何かを比較して、じゃあデミオでも見てみるか、それがデミオを意識した最初だった。

かみさんは、パイザーにご執心だった。でもさー、少なくとも当時のダイハツって、普通車の販売には全然興味がなさげだったんだよね。今はどうだか知らないけど。欲しいって言ってるのに、見積もりすら出してくれなかった。ロッキーから買い換えるって言ってるのに。まぁ仕方ないってば。それが「ムーヴ」って言った瞬間目の輝きが変わるんだから面白かった。しかし、ロッキーがヘタレだから買い換えるのに、同じメーカーって、どうよ!?疑問ありまくりで去ることに。

で、マツダの前を通りかかった・・・ら、「デミオ69万8千円」ののぼりが・・・!なんだこの安さは(笑)!吸い込まれるようにマツダアンフィニ鶴ヶ島へ。ダイハツとは打って変わって、すぐ試乗させてもらえた。で、乗った瞬間、僕の心は決まってしまった(笑)。何が違ったかって、ステアリングのタッチ。かみさんは、免許を持たない。「運転手は僕だ」状態なので、室内こそパイザーに比べれば、やや手狭になるけど、まぁ子供2人までなら、充分いける、と思った。座席的にはデミオもパイザーも一緒。で、69万8千円の・・・ではなく、上のグレードに手を出した。流石に一番上GL-Xまでは届かず、二番目のGLに収まったのである。リアスタビライザーとリアスポイラーをやめた格好。それでかなり値段の差が。

買ったときにお願いしたのは、ロッキーに後付けしたナビを移植、くらいかな。オプションは殆ど何も付けなかったように思う。そうしてデミオは家にやって来たのであった。

ではデミオの成り立ちだ。初代デミオは、実はかなり「やっつけ」で作られた車、ではある。原型は「レビュー」。小泉今日子がCMやって、初めてヒットしなかった商品、というあまりありがたくない称号を受けてしまった車である。デザインは2代目キャロルの雰囲気を受け継いだ、丸っこい感じのデザインで、ガラスエリアも大きく、乗ってみたこともあるが、見切りが素晴らしい車だった。ボディ剛性も、初期はそこそこあったんじゃないかな?乗り込むとゆるみが激しかったのか、僕が乗ったのは、もうぎこぎこ状態ではあったけど(^^ゞ。何故売れなかったのかはよくわからない。キャロルで充分と思われてしまったのか。

そんなレビューのシャーシに、スクエアなワゴンスタイルのドンガラを載せ、エンジンも1300と、1500にスープアップしたものと2本立て、内装にもお金をあまりかけずにシンプルに作った車。とにかく、その頃のマツダはかなり経営的に厳しく、新車を開発する環境はかなり限られていた。

で、とにかく、小さくて安いワゴン、というシンプルなターゲットを絞った車、それが初代デミオだ。どれくらいワゴンかっていうと、車検証の車形状が、通常「箱形」とくるところが「ステーションワゴン」という指定だったところを見てもわかるってもんだ。

それでも、トップエンドモデル、GL-Xは、スタビライザーを装着し、足まわりをきっちりチューニングしている。後期モデルは、さらに追い込んだ「アレッタ」も投入されており、さらにスポーツイメージを醸し出していた。

初期のCMキャラクター、ピッペンがヒットした要因かも知れないなー。あの大きな体をたたむようにしてドライバー席に押し込むCMは凄いものがあった。全高が1500mmを切っていて、立体駐車場OKってところがまた魅力で、この特徴があったから、いろいろなところへ気軽に出陣していたんだろう。

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2009.11.15

98年型マツダデミオ編(0)

今回から、98年型、つまり初代デミオ編になる・・・んだけど、今回はデミオが出てこないんだよね。

ロッキーのギア抜けを修理していたときには、もうロッキーに愛着はなく、というか、気分はもう「厄落とししたい」って感じで、しばらく車に乗るのもやめたいと思ってたくらいだった。

そのときの修理は、これまでの中古車屋さんではなく、ダイハツのディーラーに持ち込んだのだが、その時に、代車として出て来たのがパイザーだった。このパイザーという車、アグネス・ラムがCMやってて、「おっパイザー。」なんてしょーもないコピーで売られていた(ついでに自分もしょーもないことをいつまでも覚えてるヤツと認識されそうだ(^^ゞ)。ロッキーと同じ設計のエンジンを、1500にスケールダウンし、ついでにヘッドを4バルブ化したHE-EG型エンジンを搭載していた。ちなみにこの車も一代限りで2002年に生産中止の憂き目を見ている。

しかし、このパイザーが、僕の中でも、かみさんの気分も、なかなか好感触だったんだね。ってここからデミオにどう繋がるんだろう?と思ってるあなた!もう少し待ってちょうだいね。

室内が、1500にしちゃ呆れるほど広く、フルフラットシートも当たり前、ラゲッジがこれまた広くて、ラゲッジアンダートレイも付いていた。このアンダートレイがまた、灯油のポリタンクにジャストサイズ。1500でも作り方によってはゆったり乗れるんだ、と思わせた。

エンジンの回転こそ、設計の古さから「もっさり」感はぬぐいきれなかったんだけど、それでもマフラーの形状が良かったんだろうね、ノーマルでも結構乾いたいい音がしたのが好感触。ギアがかなりハイギヤードに設定されており、60km/h時で5速1500回転程度だったと記憶している。

問題は、ショルダーライン(ウィンドウ底辺)の低さから来る何とも言えない不安感。視界の広さには繋がるんだけど、なんとも言えない妙な運転感覚だった。後ろが長いので、後ろの見切りも難しかったかも。まぁバンに乗ってると思えば、どうと言うことはなかったが。

パイザーに対するこの好感触が、二人目の子も生まれることだし、1500クラスのステーションワゴンというジャンルを買ってみようという方向に結びつく。

でだ。同時の1500クラスのステーションワゴンはと言えば、このパイザーと、やっと出てきた、マツダのデミオが先鞭(1996年)ってわけだった。そして、98年の時点でも、この2車種がメインという状況だった。ヴィッツでさえ、発売は99年のことだ。

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2009.09.26

94年型ダイハツロッキーSX(4)

この車の故障歴をざっとあげつらうエントリー(笑)。

まずはイグニッションコード不良。気分よく走ってると、4気筒のエンジンがいきなり3気筒に変身!いくらダイハツがシャレードやムーヴの3気筒をメインのエンジン構成だからって、この車までそれに合わせてみてもらっても(^^ゞ。振動が大きく、これで走るのは無理だから。

次にヒーターコア破損。いきなり「外は熱射病、中は大洪水、な~んだ?」状態。笑い事じゃないってまったく。緊急停車、最寄りの食堂で、水をもらってえっちらおっちら修理に。

これでもまだ済まない。ナビ付けてもらったら、取り付けが不完全だったんだろう、配線でショートしてアクセサリーヒューズかっ飛び。夜なのにウィンカーもブレーキランプも付きやしない。メーター系も真っ暗で、そんな状態でも走らにゃならんわけで。よれよれと修理に。

ここでついに、この中古車屋とは切れる決心をしたんだけど、この子はまったく、それでも止まらない。今度はリバースギア抜け起こして、一切バックできなくなった。会社の駐車場に入りゃしねぇ。ここまで、購入してからわずか一年半。イタ車じゃないんだから。

これではもう身が持たん!と、車もうやめる宣言まで飛び出し、買ったときの想定よりも遙かに短いスパンではあったが、この時点で買い換えることに。ボディが頑丈なだけが取り柄だったロッキーとの別れに、取りあえず、感傷的なものは沸いてこなかった。新車で買えばまた話は違ったのかもしれないけど。

でも、ヒーターコアは弱点らしく、もう一台、ヒーターコア破損をくらったロッキーを知っている。ここは気をつけてって、どうやって?

もう次の車、行っていい?
ってなわけで、98年型マツダデミオ1500GL編に行きます。

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2009.09.13

94年型ダイハツロッキーSX(3)

・・・・。
1年以上ほったらかしにしていた、「車遍歴」カテ。前の「か~」からの懸案だったんだけど、どーも、この「ロッキー」に来てから、気分が乗らなくて。いや、原稿はと~っくに作ってあるっていうか、次の「デミオ編」も済んで、「プレマシー編」まで話は進んでるんだけど。そうは言っても、アップしてないのは事実なので、移転統合を機に、このカテも少しずつ動かしていきましょうかね?

しかし、そういうわけだから、いきなりこんな出だしから再開するので、前回までを見ておくこと推奨。


そんなロッキーだけど、これまた、納車して半年くらいで九州までえっちらおっちら行くんだよね(笑)。まだ息子1しか生まれてなくて、僕も若かった(笑)。

九州へ行く前日に、車を買った中古車屋で点検してもらったんだけど、そしたらそのディーラー、オイルキャップ付けるの忘れててさ、スタンドで給油したら「オイルキャップありませんよ」って、うっそー!ガムテープで塞いでさ、予定だし、高速の上だし、そのまま九州まで行ったさ。ま、オイルキャップはエンジンのヘッドの上にある。それほどオイルが飛び散るわけではない、ということがこの経験でわかった。この応急処置だけで、充分九州までは行けたっていうか、全然問題なかった。で、当地でタウンページ使ってダイハツのディーラーに電話。そこで、もう一つ問題があってさ、その日は日曜、つまり部品在庫がない。何ヶ所か電話かけまくってやっと調達。中古車屋には文句を言ってキャップの実費だけは取り返した。

しかし、この子を語るときには、幾多のトラブル、故障を語らないわけにはいかないだろう。

その九州行のときも、帰りの中央自動車道で、霧の中からアイアンキング、じゃなくてぇ、道の真ん中にいきなり事故車ってのもあって。よくかわしたもんだ、あれ。ガードレールに接触はしたけど、流石にボディは頑丈で、キズはほぼなかった。

さらに約半年後。時は冬。新幹線で大阪に向かった家族(かみさん+息子1)。僕は仕事とちょっとした荷物があったので、あとから車で大阪に向かうことになってた。出発直前から雪・・・夜中に止むだろうと思ってた僕の大チョンボ、その雪は何十年ぶりの大雪だった。高速は通行止め、下道は大渋滞。埼玉から大阪にたどり着くまで、19時間。最長記録として一生残るであろう(笑)。途中下道でずばっと滑ってガードレールへ(^^ゞ。大したスピード出してなかったつーか出せるはずもなかったけど、怖かった、で済んでしまうところはこの車だったからだろう。当然さしたるキズもなし。

ここまでは、まぁ自分の判断もあるし、良い思い出になったし、と言えないこともない。しかし、そうでないことに、この子は、信じられない故障を、次から次に起こしていく。

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2008.02.09

94年型ダイハツロッキーSX(2)

時代は、結婚して、息子1が1歳になる頃。たまにはこんなクロカンスタイルもいいかと思って。パートタイム4WDだし、4人乗りだけど、当時は家族構成的にも問題なかったしね。

パワーウェイトレシオ的には、13に届こうかという状態なので、ダッシュも燃費も期待外だった。まぁのんびり走ろうか、なんて、買った当初は(あくまで「当初」は)そう思っていたのだった。

ショックアブソーバーに社外品が入っていたおかげで、車高&座席高がずば抜けて高かった。ラッシュやビーゴが「高い、高い」なんて言ってるけど、そんなんメじゃないね。最初に乗り出したときなんか、ブレーキかけたらつんのめるんじゃないか、とか本気で思った。真面目な話、乗り出しが一番怖かった車だ。乗り出してからも、車体の突き上げ、またショートホイルベースから来るピッチングが大きく、視線の上下動が大きい車であった。ノーマルサスならもうちょい乗り味は柔らかいかも知れないけど。まぁ、乗り心地を云々する車じゃない、と完全に割り切っていた。

もちろん、パワーは、ギャランから乗り換えた身には、もう全然無いに等しかった。エンジンの吹け上がりも遅いし、もっさりしてるし4000以上回す気分になんか全然ならないくらいだし、そこまで回すにも苦労した。高速だって、100も出せばもう充分で、それ以上出すのは忍びなかった。あくまで「最初」は(爆)。

気分が良かったのは、大方の車よりは視線が高かったことによる見下ろし感。それと頑丈なボディによる安心感と言ったところか。巨大なバンパーガードに装着された、これまたヘッドライトよりも巨大なフォグは重宝した。終わり(おい!)。一応オープンにできるレジントップだったんだけど、手続きが面倒で、チルトアップくらいにしか活用してない。

オーディオ、オーディオ・・・ノーマルだったかな?車内がうるさかったので、あまり聴いてないかも。ギャランの時に使用していたポータブルMDとカーキット(トランスミッタ付き)をそのまま流用したものの、振動が大きく、音がばしばし飛んだ。当然4~5秒程度のアンチショック機構くらいは付いていたが、それでも間に合わなかったってことだ(^^ゞ。ちなみにそのMDプレーヤは、実にデミオを経由してプレマシー前期、HDDオーディオCreate ZENを入手するまで、7年くらい使用したが、音が飛んだのはこのロッキーのみ(笑)。

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2007.12.01

94年型ダイハツロッキーSX(1)

どうも、やはり車によって進み具合が違うんだけど、流石に今回は時間が開きすぎた感がある。それもこれも・・・いや、そのうち紐解かれるだろう。

さて、今回から94年型ダイハツロッキーSX編に突入する訳なんだけど、・・・。

僕が所有した、唯一のトヨタ系、それがダイハツロッキーってなわけで。形はクロカンスタイル、ラダーフレームの結構本格派。でも相原勇がCMやってたんだから、ソフト路線、つまりライトクロカンで売りたかったのかな?しかし、そう言う表現をするにはデザインがごつすぎたかも。ライトクロカンの本当の流れは、エスクードやCR-Vが出るまでは来なかった。

系統的には、トヨタブリザードのダイハツバージョン、それがロッキー。フレームはブリザードと共通で、エンジンはダイハツのオリジナルのもの(シャルマンやアプローズに搭載されていたものと同じ、また、それを4バルブ化したものはパイザーにも搭載された)。そのHD-E型エンジンは1600ccのSOHC、105馬力。しかし車重は1300kgくらいで、その重さを引っ張るには、ちょっと非力だった。ちなみにブリザードの方にはターボモデルがあったはずで、そっちの方がいいと思う。5速フロアシフトMT、そしてパートタイム4WD。1990年~1997年まで生産されていた。後継車はテリオス、だけど、テリオスは1300にスケールダウンしているので、実質一代限りと思った方が良いのでは。ちなみにテリオスも、今は後継のビーゴ。まったく、最近の車はブランドも使い捨てだ。これで自分の所有する自動車に愛着など沸くのだろうか?

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2007.09.08

S63年型ミツビシギャランVX-4編(7)

ギャラン(と言わず、当時の三菱車全般に言える話だと確信している)の弱点、それは、エンジンや足回りの、細かい、でも結構重要なパーツが意外なほどもろかったことである。

特に、タイミングベルトが総走行距離56000kmでぶち切れてくれたのには唖然とさせられた。その日は、雨が降っていて、夕方から夜にかけて、ちょいと出かける用事も入っていた。で、出かけて3分、発進時にぶんっと出た瞬間切れたんだね。惰性で道の端に止めたんだけど、何が起きたのか、正直全然わからなかった。そのままうんともすんとも言わなくなっちまったし、セル回してもエンジンがクランキングしないんだ。尋常じゃないことはわかったので、その頃はまだ加入してなかったけど、JAF呼んださ。そしたら「タイミングベルト切れてますね」って、そんな予想外な言葉を聞こうとは思ってなかったよ。

翌日買ったところに牽引してもらって。現時点の事情を考えても、買い換えることなどあり得なかった。三菱にも掛け合ったさ。そしたら、「その部品は10万キロ保証ではあるんだけど、所有者登録をしていただかないと」と来た。中古で車を買って、そんな登録するような人がいたらお目にかかりたいし、そもそもそんなシステムになってるなんて、知ってる人いるんかいな。そういうカラクリなら、もっとアナウンスして欲しいものだし、「保証」だなどと胸を張ってもらっては困る。結局泣き寝入り決定。しょーがない、エンジンヘッドもガスケットもバルブも逝ってたので、30万なにがしかけて修理したさ。正直、三菱の対応には、今でも全然納得いってない。登録してない中古車の三菱オーナーはお客様じゃないと言われたようなもんだ。

タイミングベルトの話は、これが引っ掛かったのは僕だけじゃない。エテルナ乗ってたあの人も、次世代のギャランに乗ってたあの人も、って感じで、かなりの人が6万キロ前にタイミングベルトの交換をしてるし、切れちゃった人もいる。ワンオーナーで来てれば保証されるけど、中古で買いましたって人は、是非、オーナー登録を。ほんとに。ベルトそのものは3万円程度だけど、ヘッドとバルブは確実に逝くし、そうなると、上に書いたとおりなので・・・。

もしも、エンジンをかけたときに「きゅるるる・・・」と音がするようであれば、もうそのタイミングベルトは長くない。気をつけた方がよいと思うよ。

タイミングベルトに限ったことじゃない。その他にも車検も2回通したけど、そのたびにギアブーツだ、ゴムブッシュだ、どんどん取り替えで、お金が結構とんだ。走行性能には満足してたのだが、そういうところで不満が大きいと、次の車を買うときの候補には、三菱車は到底上がってこない。2回車検を通して、さらにちょっとしたトラブルを抱えたので、そこで乗り換えることになった。

で、乗り換えた車が・・・というわけで、94年型ダイハツロッキーSX-200編に続く。

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